絵師様へ向けたメッセージ

9/10を迎えられることを幸せに感じています。

9/9は北朝鮮の建国記念日で、水爆も完成(?)してしまったことから、本当に日本へ向けて何か電磁パルス攻撃なんかが行われるんじゃないかと想像していました。

電磁パルス攻撃を受けたら、数年間は電気が使えない状況になるそうです。そうなったら私が今書いている記事も、作成してきた本もなかったことになってしまう。最後はやはり人と人とのつながりであったり、自己研鑽して磨き上げた自分自身だったりが大事だと実感します。

もし電子パルス攻撃をされたら、人生最後の日は誰と過ごしたいだろう、そんなことを考えても良いかもしれませんね。※私は両親の顔が浮かびました。

さて、本日の記事です。
この記事では私の作品に挿絵を提供してくださっている絵師様への思いを書きます。

私は絵師様に謝らなければならない

まず最初に書きたいことは、絵師様に謝らなければならないということです。
なぜなら、私は1人の絵師様に沢山のイラストを頼まないからです。

絵師様の目線に立ってみれば、使い捨てにされたような感じで気分が悪いだろうと思います。絵師様からすれば、専属で使ってくれる作品だからこそ、『自分の作品』だと名乗れるし、ポートフォリオにも加えたいと思うでしょう。

この点は本当に申し訳ありません。

つながりをあえて断ち切るようなやり方

私のやり方は、絵師様とのつながりをあえて断ち切るようなやり方です。
1つの作品を描いていただいたら、ありがとうございましたと伝え、お金をお振込して、さっぱりと別れます。もちろんその後、年始のご挨拶などはさせていただきますが、基本的には干渉しません。

これは絵師様からしたら、不満が残る付き合い方なのだろう、と感じます。

有限な資源で最大限の多様性を

それでも橋本橙佳は、このやり方で今後もXceed〜境界を超えろ!〜のプロジェクトを進めていきたいと考えています。

なぜなら、私がこの作品で重要視する性質が下記だからです。
1.多様性
2.至高性
3.共感性

私は作品に、多様性を求めています。
なぜなら、沢山の見方を知りたいからです。

人間に生まれてきて、1つのことしか知らずに死んでいきたくないという、私自身の感性も影響しています。どんどん新しい知識が知りたいし、他の人が私の作品を見てどう感じているか、私の作品キャラクターをどう表現してくれるかを知りたいです。

私は、この作品を見ている人に、遊び道具を提供したいと考えています。自分の意志で矛盾の起きない範囲で自由に設定を付け足していける、遊び道具にしてもらいたい、そう願っています。

 

貧相な街の通りの光景を不思議に一変させる〜至高性〜

あまり聞き慣れない言葉かもしれません。
これはバタイユの作り出した有名な概念です。

 「至高性」、それはひと言で言うなら、「有用性を超えた彼岸」のことである。  私たちは、日々、これはいくらで買えば得だろう、とか、あの人とつながっておけばあとあと仕事がうまくいくだろうとかいった、合理的で功利的な生き方を送っている。  でも、そうした合理性・功利性・有用性といったものを超えて、「これさえ手に入れたなら、ほかにはもう何もいらない」と思えるような経験もまた、わたしたちには時に訪れる。  「至高性」とは、そういう瞬間のことである。そして人は、だれもがこの至高性を求める存在である。  しかし現代においては、資本主義社会においても(当時の)共産主義社会においても、この「至高性」がないがしろにされてしまっている。  現代、それは「有用性」にまみれた世界。そこでは至高な「蕩尽」が禁止され、富をただ「蓄積」することだけが美徳とされる。  そのような世界においては、やがていつか、この蓄積された「富」が、蕩尽存在である人間の本性に従って、非合理に使い果たされることになるだろう。  それはもしかしたら、戦争(第3次世界大戦)という形になって現れるかもしれない。  戦争とは違う仕方で、わたしたちはどう

情報源: 苫野一徳Blog(哲学・教育学名著紹介・解説): バタイユ『至高性―呪われた部分』

『有用性を超えた彼岸』
私にとって絵師様のイラストは、『ごく単純にある春の朝、貧相な街の通りの光景を不思議に一変させる太陽の燦然たる輝き』なのです。

なんのために役に立つのか、なんのために必要なのかとそんなことを考えては、創作などできません。この想いは私も絵師様も同様なのではないでしょうか。

個人の裁量で、私の想像を超えるイラストを提供してくださる絵師様を大変尊敬します。

同じ方向を向いていただくこと〜共感性〜

共感性とは私の考えを聞いて、同じ気持ちだと思っていただいたり、違う考えだけどその考えかたも面白いと思っていただけたりすることです。

全く同じ方向を向いている必要はなく、ただ橋本橙佳の向かう方向に、少しの時間だけ寄り添うというイメージです。

寄り添っていただいて描かれた作品は、必ず至高性を持ちます。なぜなら、私は絵師様にお声がけする際、絵師様の絵に込められた力に惹かれているからです。私の作品に共感していただき、絵師様の力を引き出すことができれば、それは至高性を持つはずです。

橋本橙佳は、絵師様に私の作品に共感して頂いた上でイラストを描いていただきたいと思っています。何を求めているのかを、絵師様に明確に伝えることが橋本橙佳の役割です。

多様性を重要視しているため、絵師様を大事にしていないように思われるかもしれません。けれど私は、絵師様ひとりひとりと同じ方向を向いた上でお仕事をお願いしたいと考えています。

人によっては一期一会になってしまうこともございます。自分勝手な話で、絵師様からしたら単発の仕事にしかならず、申し訳ありません。

 

このような考え方をする人間ですが、絵師様ひとりひとりとのお仕事を大事にしていきたいと考えています。お声がけさせて頂いた際は、どうかよろしくお願いいたします。

 COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

世間体を気にする人の特徴、メリット、結論世間体は気にするな

後悔のない人生を生きるために必要な3つのこと

1つの肩書にこだわる時代は終わった。堀江貴文さんの『多動力』を読む。

コーチングとは「大切な人をその人が望むところまで送り届ける」こと

やりたいことがない人は小学校の頃を思い出そう

7部 私が趣味を通して実現したいこと